徒然に
私は12月17日 早朝深夜に熱が出て
初めてこの対応にあらかじめ買っていた電気毛布を活用してみた。
大正解。
電気毛布の強度レベルが 最弱 1~6 最強 とある中で、5を適応してみたが、
実際の温度がかなり強力だったのですが、身体が感じるレベルはさほではなかった。
恐らく体温38度レベル。
朝方になってさすがに熱くなってきてそのレベルを落として、体温を計測したら37.5度。
通常土曜日の午前中はレッスンだが、お休みして、更に寝ていました。
その内体温が徐々に落ちて 夕方近くになると、36.8度くらいに。
そして母の入院している病院から電話があり、危篤状態に。
金曜日の夜の食事中に嚥下障害を引き起こし、それに伴って右肺が、CTスキャンで白く写る 要は肺炎の状態に。
意識障害も発生して一刻を争う事態に突入して、急遽、親族に召集通知。
私も急遽、大阪に行ったが着いたのが21時。
母は意識の無い所で酸素マスク等をしていた。
担当医師からの説明でも、ほぼアウト状態。
ところが、早朝にかけて徐々に体力を取り戻し、翌日の日曜日には、話ができたり一部笑ったりするまでに回復。
医師にとっては奇跡的な状況だったらしい。
そんな母親に、私はipadでおもしろ動画ねこ特集などを見せたら、動物キライの母が、可愛い、可愛いなぁ~と連発して、笑っていた。
母に新たな世の中を教えられて良かったと思う。
インターネット恐るべし。
その後担当医師にCTスキャンも踏まえた状況説明を聞く。
右/左腎臓周辺に 癌腫瘍が、大人の拳合計で6つ大くらい。
胸骨中央に 3つくらい大ができており、一気に癌細胞が爆裂した状態を見た。
非常にえげつない画像だった。
そして胸骨下にできあがった癌腫瘍の固まりが、気管支を圧迫し、細い所では、通常の1/5程度の細さにもなっていない。
骨髄腫によって本来持っている免疫機構もほとんど機能しなくなっている。
基本的に、生きているのが不思議と言わんばかり。
他の親族の者の呼びかけ時にもあまり反応なかったようだが、私の事を言った時だけが、反応が大きかったとの事。
今回で親族全員生前の母の見舞は終了したと、医師に通達。
考えてみてください。
自分の気管支を、時間毎に1mmずつ圧迫される事を。
医師に、母に痛みが出るなら、寝かしつけても良いので、その対応をしてくださいと通達。
医師からは、それによって、寝たまま亡くなってしまう事もあると言われたが、それもやむなしと言った。
奇跡的な一命を取り留め親族との会話を行ったが、月曜日は朝から、意識の外であった。残念ながら次回母に会うのは、他界した後だと認識。
それまでずーっと母の元に付き添っても、母にはわからない。
つきそう者に逆に苦しみのみがある。
よって俗に言われるような死に際を看取る等という行為は、私はきっぱり制した。
母の臨終の際には、間に合わなくても仕方なしと。
TAGS: 骨髄腫 | 2016年12月21日